第9章 見通し外方式



9.1 鹿児島−名瀬マイクロ波回線

(1)概要
 終戦後米軍統治下にあった奄美大島群島島民の悲願がかなって日本本土に復帰した昭和28年当時、対内地の通信は短波による無線電話回線があったのみで、回線数の不足はもとより通信の品質は低く、奄美群島の経済、文化の発展に大きなブレーキとなり通信網の急速な整備強化が強く要望されていた。
 対処策として大洋に点在する島伝いのVHF案も考えられたが置局条件が非常に悪く、建設・保守の困難が予想され、ルートの設定ができなかった。
一方、通研においては新たな通信方式として対流圏散乱波伝搬を利用する、いわゆる見通し外通信方式の実用化研究が進められることとなり、鹿児島−名瀬間がこの方式に最も適した区間として取り上げられた。数回にわたる現地調査と実験が進むにつれて、純粋の散乱波伝搬によらず、伝搬損失を大きく軽減できる山岳回折伝搬を採用することとした。

 昭和32年2月、鹿児島−名瀬間見通し外伝搬実験の応援に31年入社の養成3名が借役され、出口富義君が奄美大島へ、庄司正志君と私が大浦へ行った。特急「あさかぜ」で昼頃東京を発ち、伊集院に夕方に着き、
伝搬試験用アンテナの前で 奥村氏と桑原
伝搬試験用アンテナの前で 奥村氏と桑原
ローカル線で加世田まで、さらにバスで大浦村まで行く長い旅であった。
 山頂に作られた受信小屋へ交代で出かけて行き、電界強度を記録するペンレコーダの保守をした。宿では研究所の方々と焼酎をよく飲んだ。

― 桑原 記 ―


 「山岳回折利得」を利用した画期的な見通し外通信回線の開発に関して、私はその伝搬路の選定から回線開通にいたるまで、一貫してその業務に携わってきた。
 九州−奄美大島間340kmの長距離伝搬路に対し、回折山岳として中間にある中之島(標高930m)を選んだ。綿密な伝搬計算を行った結果とはいえ、この伝搬路の実験結果もなく、「山岳回折利得」の大きさが期待通り確保できるのか、一抹の不安が拭い切れなかった。
 名瀬・朝戸→九州・大浦間の第一次伝搬実験の前段で海上移動実験を行って、実現性を確認することにした。名瀬・朝戸→中之島山岳背後の電波通路上で、中之島から約100kmの海上を、その電波通路に直角に±5kmに亘り移動測定を行い、朝戸送信209MHzの電波の電界水平パターンを求めた。
 昭和31年2月、海上保安庁の巡視船(270トン)に乗り組んだ通研、技術局、九州通信局の関係者13名は、激しい船酔に耐えながら電界レコーダに記録をとった。その結果、図に見るように15〜20dBの明瞭な山岳回折利得を確認できた。
伝搬路に直角方向の海上移動距離
伝搬路に直角方向の海上移動距離
 海上移動実験の疲れも癒えやらぬ翌日、第一次伝搬実験の受信点大浦山頂(標高352m)に赴いた。大浦山頂は通称「亀が丘」と呼ばれ、西端の亀の形をなす大岩から鞍状の草原の尾根が伸び、東端の灌木地帯まで約800mの長さがある。こ山頂は山岳回折利得による高電界域にあること、平均レベルは場所により大差ないことから、亀が丘尾根の東端の灌木地帯を置局点とした。
 大浦局と名瀬局に400u(25×16m角形)大口径パラボラアンテナが建設され、昭和31年5〜6月にわたり大浦を送信点、名瀬を受信点として、多重電話・TVの総合伝送実験を実施した。
―奥村善久氏より―



第9.1図 大浦−名瀬プロフィール
第9.1図 大浦−名瀬プロフィール

第9.2図 大浦―名瀬間ルート図
第9.2図 大浦―名瀬間ルート図

第9.3図 本土−沖縄間伝送路計画
第9.3図 本土−沖縄間伝送路計画
 本回線の建設計画は昭和34年度本社計画工事として決定され、大口径空中線工事を先行し、継続工事として昭和35年3月に第1次工事が着手された。
 この間、奄美大島はもとより将来琉球、さらに南方への延長をも考慮に入れた周波数計画、将来のテレビと電話のトラフィックを予想した伝送路計画がたてられた。かくして対沖縄回線方式の概略が決まり、その一環として内地−奄美大島を結ぶ電話24ch収容の見通し外マイクロ波回線が昭和37年10月に完成、現地において開通式が盛大に挙行された。

(2)伝送路計画と回線設計
 このほど開通をみた鹿児島―名瀬回線は弟9.3図のごとき本土−沖縄間伝送路計画によったものである。
 鹿児島−名瀬回線のような見通し外回線に要求される伝送品質は国際的にも明確にされていない。しかしこの回線は国内の一般中継回線と接続した状態で使用されるものであり、また将来国際回線に接続されることも予想されるから、CCIR勧告の伝送基準にできるだけ準拠することが望ましい。
 CCIRの勧告値(評価雑音7500pW/2500km)を距離配分すると、大浦−名瀬見通し外区間(区間長341.5km)に要求される信号対雑音比(無評価値)は約57.4dBとなる。
 この回線規格を満足する装置としては、見通し外伝搬損失を補うため、送信出力は相当大きいものが必要であり、出力約100Wの送信機を用いることにした。また受信装置には入力の雑音指数を低下させる目的からパラメトリック増幅器等を用いることが望ましいが、十分な安定度を得る見込みがたたなかったため通常の鉱石ミキサーを用いて雑音指数10dB程度のものを採用した。
 伝搬路の変動による入力電界の低下および伝搬歪の増大を防ぐため、種々のダイバシティ方式を採用することが望まれたが、ダイバシティアンテナの所要利得、コンバイン方式等について十分な検討が完了していなかったため、さしあたり400uの大口径アンテナ1基のみによる送受信方式を採用した。
 回線設計の諸元は次ページ第9.1表に示すごとくであり、受信入力は50%値が−62.6dBm、99%値が−81.1dBmである。

第9.1表 見通し外回線設計諸元
大浦−名瀬間伝搬損失括り括弧50%値205dB
99%値223.5dB
99.9%値233.5dB
OH−21形送信装置出力電力 100W(50dBm)
空中線利得(400u)2×48.5dB
給電線損失 2.6dB
送受共用装置および装置接続用コード2.0dB
受信電力括り括弧50%値−62.6dBm
90%値−81.1dBm
99.9%値−91.1dBm
OH−21形受信装置スレッショールドレベル −97dBm
スレッショールドマージン括り括弧99%15.9dB
99.9%5.9dB
変調方式  FMに5μSのプリエンファシス (ほぼPMに等しい)
変調度(mp1.4rad/ch
通話路周波数12kHz〜108kHz(24ch)
通話路帯域数(fc)3.1kHz
OH−21形受信装置雑音指数(NF)  10dB
信号対雑音比括り括弧50%値66.4dB/ch
99%値47.9dB/ch
99.9%値37.9dB/ch
伝搬歪(推定値) 99%値57.5dB/ch

 変調方式がほぼPM特性に近いエンファシスを用いており、変調度は通話路当たり1.4ラジアンである。信号対熱雑音比は、FM帰還位相検波方式で受信機入力があまり低くない範囲では、次式のとおり通常のPM方式のS/N計算で近似される。
括り括弧
K:ポルツマン常数、T:絶対温度 (°K)
 これより50%値のS/Nは66.4dB、99%値のS/Nは47.9dBとなる。
 次に送受信装置総合の準漏話雑音は、復調部の位相検波器の非直線性を含めて24chに対し最悪チャンネルにおいて68.3dB以上は十分とれる見通しが得られた。これと熱雑音の50%値を合計した信号対雑音比は64.2dBとなる。
 見通し外回線の準漏話雑音は送受信装置自身の歪以外に伝搬歪が問題となる。伝搬歪は相異なる伝搬路を通ってきた振幅と位相の異なる2つ以上の波が合成された時に生ずるもので、この合成状態は変動が大きく、また周波数帯、送受信地点、アンテナ口径等によって変わる。
 設計段階においては大口径空中線を用いた2GHz帯における伝搬歪に関する実験データがなく、海上反射によるものと中之島山頂側面を回折するものについて概略の計算を行い、99%値で雑音比57.5dBとした。これに熱雑音によるS/Nの99%値47.9dBを加えると、総合S/Nの99%値は47.4dB程度と予想された。

大口径空中線
大口径空中線
困難を極めた大口径空中線の輸送
困難を極めた大口径空中線の輸送
(3)大口径空中線
 見通し外通信には、開口面のきわめて大きな高利得空中線が要求されることとなる。また本回線は、季節的に常襲する台風に対して十分耐え得る構造が必要であり、第2室戸台風時における名瀬測候所のデータを参考にして、仕様書では瞬時最大風速75m/秒に耐えられることとした。
 本空中線は、回転放物面の一部を正面から見て矩形に切り取ったパラボラ空中線であり、反射鏡部は9分割し運搬できる構造とした。これらを支える支柱は円形中空のパイプ形で、9つのセクションを連結し自立式となっており、高さ17m、幅25m、焦点距離は約15mである。
 大阪の三菱電機伊丹工場から九州南端の大浦、及び奄美大島の名瀬山頂まで大口径空中線を輸送するに当たっては、長さ約18m、高さ、幅ともに約3m以上という非常に大きな梱包は車両積載、トンネル通過が不可能なため、大阪港から専用のチャーター船によった。
 鹿児島港および名瀬港に到着したアンテナの陸上輸送もまた大変であった。

送信出力単体45W以上
合成80W以上
送信、受信局
発周波数偏差
±5×10-5以内(水晶制御)
送信出
力インピーダンス
中心周波数±1MHz
においてVSWR2以下
送信周波数帯域幅中心周波数±2MHz
において偏差3dB以内
変調方式リアクタンス管FM変調方式
受信機雑音指数10dB
スレッショールドレベル−97dBm
入力インピーダンス中心周波数±1MHz
においてVSWR1.2
使用周波数帯2115〜2300MHz
中継方式検波中継方式
第9.2表 OH−21形送受信装置の電気的性能
(4)無線装置
@ OH−21形通信装置
 本装置は2GHz帯を用い、送信出力100Wで24chの見通し外無線電話回線を作成するものであり、搬送周波数帯域は12〜108kHz、他に試験打合せ通話路として6〜9kHzを割当てている。代表的な電気的特性を第9.2表に示す。
 本装置の特徴は、FM負帰還位相検波方式を採用し、通常のディスクリミネーターを用いたFM受信方式に比較してスレッショールドレベルを改善したことである。これにより、100Wという低い送信出力で比較的フェージングによる回線断の少ない見通し外回線を構成し得たといえる。
 また予備方式はセット予備であるが、すべて現用、予備2台の装置を並列に運転しており、一方が故障の場合はそれを切離す方式をとった。すなわち、送信部は高出力真空管の開発が十分でないため、1台当たり50W、現用、予備を合成して100Wの出力を得ている。
 また受信部は入力信号をT分岐で分割し現用、予備2台の受信装置で独立に復調してビデオ帯でふたたび結合される。
A OH−21形送信装置
 送信装置は2架からなる。本方式はセット予備方式で、現用、予備の2台の並列運転を行ない、変調盤のみ自動切替えが可能である。すなわち現用、予備いずれかの70MHz変調器出力はHYBで分岐し、2系統の並列送信回路に供給され、それぞれ2GHzの局部発振出力と混合することによって送信周波数に変換する。
 変調部では搬送端局からの多重電話信号を電流負帰還のかかった1段の低周波増幅部で増幅し、周波数変調信号の歪を改善するためのプリエンファシスを行なった後正帰還形FM変調器で変調され、約3.88MHzのFM信号になり、さらに18逓倍され、70MHzの中間周波信号となってIF増幅部へ送られる。
 電力増幅部は従来の2GHz方式用の2C39Aより少し容量の大きい

OH−21形送受信機ブロックダイヤ
OH−21形送受信機ブロックダイヤ

OH−21形送信装置(左)と受信装置(右)
OH−21形送信装置(左)と受信装置(右)
 ガラス封じ板極管LD−497を4本と、入出力に特殊な同軸ラットレース回路を用いたパラレルプッシュ回路で構成され、この2系統の送信部出力を出力合成回路に加え同位相に合成する。
B OH−21形受信装置
 本装置は受信変換部、受信架、打合架から成る。受信架は1架に受信部2組を実装し常時並列運転を行なう。受信入力は受信変換部の導波管マジックTにより2分され、2系統の受信部に供給される。次にダブルスーパーヘテロダイン方式(IF70MHz、28MHz)の中間周波増幅器を通り、本装置独得のFM負帰還位相検波回路によって復調される。
 この検波回路が本受信機の最大の特色である。通常のリミターとディスクリミネーターを用いてFM検波を行なう場合は、受信信号と雑音のそれぞれの尖頭値が相等しくなると急激にS/Nが劣化する、所謂スレッショールドというものが存在するが、本検波器では受信側で搬送波を挿入して検波することによりスレッショールドレベルを約6dB改善することに成功した。
(FM負帰還位相検波の詳細は参考文献を参照)

受信入力電界の分布
受信入力電界の分布
(5)回線試験結果
 36年6月に実施した大浦─名瀬間見通し外回線上り下り各24時間連続の電界強度分布は第9.8図に示すごとくである。50%値は予測受信機入力−62.6±5dBmとほぼ合致している。上りと下りで約3dB(50%値)入力電界が異なるのは、測定日時の経過による伝搬条件の変化に基づくものである。電界分布はほぼレーレー分布に近い特性を有しており、チャンネルのS/Nは平均して64dBが得られる。
 12〜108kHz電話多重信号に対する振幅周波数特性の偏差は0.6dB以内であった。
 また24chの雑音負荷試験結果から、102kHz帯におけるS/(N+D)が50%値で67.5dB、99%値で約50dBが得られた。変調レベルが0dB付近では、熱雑音によって全雑音が支配されている。
 一方、準漏話雑音のうち伝搬歪から生ずる雑音は入力電界に対応して発生しており、やはり統計的取り扱いが必要であった。

高感度受信方式
高感度受信方式
 高感度受信方式は森田正典博士の発明によるものと言われている。
 位相変調方式の場合、搬送波よりも雑音のレベルが高くなると、位相変調の利点は急速に失われる。これがスレッショルドである。
 この現象を避けるために、高感度受信方式では受信搬送波に対し垂直の位相で搬送波を付加する。
 そうするとベクトル図に見るように変調信号は付加した搬送波を振幅変調した形となり、これを復調して信号を復元する。
― 林 義昭 記 ―



9.2 名瀬−那覇マイクロ波回線

(1)概 要
 昭和36年10月に開通した鹿児島―名瀬間マイクロ波回線に引続き、昭和37年度工事として鹿児島−名瀬−那覇間に電話およびテレビ回線が新増設された。この回線は日本と沖縄の通信の疎通を図るとともに、日本政府の沖縄援助計画の  
名瀬−那覇回線ルート図
名瀬−那覇回線ルート図
1つとして実施されたものである。
 沖縄側の工事については総理府からの受託工事として電電公社が実施した。
 すでに開通した鹿児島―名瀬回線に、油井―多野間約210kmの見透し外区間を含む4無線中継区間が延長され日本本土と沖縄が結ばれたのであるが、単に延長するのみではなく、見通し外区間には新たにスペースダイバシティ方式、新設計になる高出力送信装置、パラメトリックアンプ付FM負帰還高感度受信装置等を採用し、また油井局を無人の大電力見通し外中継局とするなど、種々の新技術が導入された。

多野岳−油井岳間プロフィール
多野岳−油井岳間プロフィール
(2)システム設計
 さきに開通した鹿児島―名瀬マイクロ回線のルート構成を基礎に,電話回線用として鹿児島―那覇間に2システム(現用1、予備1)、テレビジョン中継線として鹿児島―名瀬間に2システム(公共放送1、予備1)、鹿児島―那覇間に1システム(民間放送1)を作成することとした。基礎設備と周波数計画については将来の電話及びテレビジョン中継線の需要見込みに対応できるよう考慮された。
@ 電話回線
 沖縄に対する回線はその性格上、できるだけCCI規格を満すことが望ましい。大浦−名瀬間および油井−多野間の総合距離は556kmであり、電話に対するCCIの規格を距離配分すると、無評価で−55dBm(0レベル点において)となる。
 しかし見通し外区間に対してCCI規格を満足することは、装置および保守の面において種々の問題があった。すなわち出力真空管の寿命およびコスト、機器の規模に伴い生ずる保守上、技術上、要員上の諸問題、商用電源の供給不可能な無人局(油井局)の問題等のため、装置や方式に自ら制限が加えられた。
 そこで送信装置出力を100Wとし、フェージングによる劣化を抑えるため、大浦−名瀬間にパラメトリックアンプを採用するとともに、スペースダイバシティを活用して回線品質の向上を図ることとした。ダイバシティには10m直径のパラボラアンテナを使用し、スペース相関を小さくするため既設の大口径アンテナから数10メートル離れた地点に設置した。
 また変調および復調方式には、見通し外通信に有利なFM帰還位相検波方式を用いた。信号の変調レベルは、大浦―名瀬間で行なわれた通信研究所の現場試験および調査部門の商用試験における伝搬歪のデータに基づき、1ch当たり0.7radが採用されている。
 大浦―名瀬間の平均入力電界は−61.0dBmであったが、油井―多野間の平均入力電界は8.5dB高い−53.5dBmが得られた。このときのS/N(無評価)は大浦―名瀬間が67.0dB、油井―多野間が69.5dBとなった。受信入力と対比して油井―多野間のS/Nが低いのは、大浦―名瀬間にはパラメトリックアンプを挿入して雑音指数が5dBとなったのに対し、油井―多野間はパラメト リックアンプを使用せず、雑音指数が10dBであるためである。
大浦―名瀬間にスペースダイバシティを用いた効果はレーレー分布フェージングの場合50%値で1.5dB、99%値で8dBの改善が期待され、また99.9%におけるS/Nは49dBを保つことができた。またダイバシティを付加した場合の平均雑音は−65.5dBmであった。油井―多野間はダイバシティを行なわないので、その電界の分布はレーレー分布に近く、平均雑音は−59.5dBmとなった。
 平均雑音が最悪の1時間でどのくらい劣化するかについては、0.1%の危険率で10.5dB程度と推定された。この時、隣接する見通し外区間も同時に3.5dB劣化すると考えて、両区間総合の最悪1時間における平均熱雑音を推定すると、第9.3表に示すごとく油井−多野間にダイバシティを用いない時は前述した規格に対し6.2dB超過するが、ダイバシティを用いた場合は0.3dB程度の超過である。
電話回線に対する雑音は、熱雑音の他に伝搬歪および装置の準漏話雑音がある。前者についてはダイバシティを行なうことにより、フェージングがレーレー分布をしている時は99%で7.5dB、99.9%で11dBの改善度が得られるが、2GHz帯においてはこの状態で平均雑音は−59dBmであり、同時に2つの見通し外区間でこの状態が生じた場合には、総合して−56dBmとなる。
 置の準漏話は、FM帰還位相検波復調機の改善により、1区間総合で−65dBm以下と見込んだ。
最悪1時間の平均熱雑音
最悪1時間の平均熱雑音
 装置の準漏話は、FM帰還位相検波復調機の改善により、1区間総合で−65dBm以下と見込んだ。したがって干渉雑音を1区間−70dBmとすると、熱雑音を含めた総合平均雑音は2区間では−51.7dBmとなり、CCIの規格に対し3.3dB超過している。またこの見通し外2区間(556km)にCCI規格を満足する見通し内回線2000km(−49.6dBm)が接続された時、全系の総合平均雑音は−47.5dBmとなり、規格に対し1dBの超過となる。

A テレビジョン回線
 見通し外区間に対するテレビジョンの伝送規格についても、当時は国際的な基準がなかった。また、テレビジョンのような広帯域の伝送を見通し内、見通し外の区別なく取扱うということは、伝搬機構等を考慮すると当時の技術ではきわめて困難であり、さらにテレビジョンの伝送品質というものは、画像を観察して総合的に決定されるもので、たとえば送信出力、雑音指数等で決められる熱雑音による妨害と、伝搬歪により画像に受ける妨害とは全く別の立場から検討されなければならないと考えられた。
 見透し外方式によるテレビジョン信号の伝送には諸外国において、また通信研究所においても、数kW以上の大出力方式の研究例もあったが、さきの電話回線の項で述べた点等も考慮し、技術の発展段階と経済性を考慮して、沖縄回線に用いるテレビ用送信機の出力は500Wと決定された。これは、テレビ用の広帯域パラメトリックアンプが開発されたこと、ダイバシティ受信の合成方式が確立されたこと、および伝搬歪は送信出力と無関係であること、およびプッシュプルで500Wが得られる板極管LD−551が開発されたことなどによる。見通し内2000kmと見通し外500kmの総合雑音分布を推定した結果は、熱雑音に対して白黒テレビ方式の規格を満足すると判断した。
第9.11図 ダイバシティ用パラボラアンテナが設置された大浦局
第9.11図 ダイバシティ用パラボラアンテナが設置された大浦局

(3) 回線構成と周波数計画
@ 電話回線
 電話用のマイクロ波方式は全区間システム予備方式とし、既に開通済みの鹿児島―名瀬回線とは全く独立した回線構成とした。周波数は、見通し外区間は2GHz、見通し内区間は4GHz、または11GHzにより作成することとした。なお見通し外区間に採用した電話用の諸装置は改良された負帰還位相検波方式となり、伝送帯域は12〜300kHzである。この検波方式をとることによって、下部帯域の12〜30kHzに4チャンネルの制御打合せ線を収容することが可能となった。このため、特に沖縄回線用電話変復調装置と打合せ装置架を実用化した。
区間大浦−名瀬油井−多野
送信出力(W)500W500W
空中線利得(dB)8473
給電線損失(dB)2.02.0
分波器損失(dB)
(送受) 分波帯
通過帯
1.2
0.4
1.2
0.4
ダイバシティ
方式
直径10m
パラボラ
当初なし
受信入力 50%
(dBm) 99%
99.9%
99.99%
−55.3
−67.3
−73.3
−78.3
−47.8
−63.8
−71.8
−79.8
変調方式および
周波数偏移
FM
8MHz
同左
雑音指数(dB)5dB(パラメ
アンプ付き)
10dB(同
アンプなし)
S/N  50%
(dB)  99%
99.9%
99.99%
55.7
43.7
37.7
32.7
58.2
42.2
34.2
26.2
スレッショールド
レベル(dBm)
−89−84
スレッショールド
マージン(dB)
99.9%
99.99%
15.7
10.7
12.2
4.2
第9.4表 テレビジョン回線設計諸元
A テレビジョン回線
 テレビジョン中継用に当てるマイクロシステムは、  電話の場合と同じく見通し内区間は4GHz、見通し外区間は800MHz帯を使用し、原則として電話回線の場合と同じくシステム予備方式とした。しかし初年度は都合により油井―多野間のみはテレビ用予備システムを設けないこととなった。また本回線は、全区間を通じて12dBのエンファシスをかけ、途中各局の接続は全てIFとし、伝送品質の向上と保守の簡易化を図るよう考慮された。

(4)回線切替区間とその方式
 電話とテレビジョン中継線の切替区間は、鹿児島―大浦間、大浦―名瀬間、名瀬―多野間、多野―首里間の4切替区間となる。
@ 鹿児島―大浦間
 この区間の電話システムについては、将来回線増の必要が出ても大浦局において超群変換架を設置し見通し外区間の60ch束に分配することとすれば、終局SF−B4の1システムでたりるが、テレビについては数システムの増設が考えられた。そこで鹿児島―大浦間にはAL−2形回線切替制御装置をおき回線の切替えを行なうこととしたが、大浦局の電話と予備システムについては見通し外区間切替方式の終局構想を固めるまで、暫定的に簡易なAN−1形回線切替架によることとした。このため当初はAL−2とAN−1の組合せによる変則的な切替方式となった。
A 大浦−名瀬間
 大浦−名瀬見通し外区間のテレビ用システムは、予備システムを含めて3システムとなり、全てIF接続であるため、AL−2形回線切替制御装置とAC−41を組合せた一般的な切替方式とした。また、電話については電話用予備システムを含めて2システムであるので、上述の理由によりテレビとは独立にAN−1形回線切替架で回線の切替えを行なう簡易設計とした。
第9.12図 多野無線中継所
第9.12図 多野無線中継所
B 名瀬―多野間
 油井局の無人化を容易にするため、油井局を切替局とせず、各システムとも直接接続とし、4GHz、見通し外両区間を含めて名瀬―多野間を切替区間とした。
C 多野―首里間
 将来構想としてはAL−2とAC回線切替架を使用する標準方式であるが、諸般の都合から、暫定的に予備と電話用システムに対してはそれぞれEP−3形FM変復調装置とTJ−1形FM送受信装置とを直結し、ビデオ帯でAN−1形切替架を用いて回線自動切替えを行な うこととし、テレビ用システムについてはコントロールデスク(CD−1)から手動によるボタン操作で回線切替えを可能とする簡易設計とした。
第9.13図 鹿児島−沖縄間マイクロ波方式の回線構成
第9.13図 鹿児島−沖縄間マイクロ波方式の回線構成

(5)新たに採用した主要装置
@ 10m口径アンテナと1次輻射器
 本空中線は大浦―名瀬局において、大口径アンテナと組合せてスペースダイバシティを行なうためのものと、油井―多野局において送受共用を行なうものとがある。いずれもパラボラ反射鏡は750〜950MHzと2115〜2300MHzまでの2つの周波数帯で共用されるため、特殊なバーテックスプレートを有し、800MHz帯と2GHz帯に対し独立にインピーダンス整合を行なっている。構造はパラボラの中心までが7mの自立鉄塔に取付けられ、瞬間最大風速75mに耐え得るものである。
 1次輻射器は自立式で反射鏡に取付けられていない。これは名瀬局の場合、ダイボール輻射器、WRJ−1形導波管輻射器およびV偏波とH偏波の共用導波管輻射器等が焦点付近に密集しており、その饋電線も含めて相当大きなものとなるので、反射鏡に支持することをやめて自立式にしたものである。
A テレビ用見通し外送受信装置(OH−11形送受信装置)
第9.14図OH−11形送信装置
第9.14図
OH−11形送信装置
 本装置はテレビ信号をヘテロダイン中継する800MHz帯送受信装置で、出力は大形板極管LD−551をプッシュプル接続して500Wを得る。また受信機は大浦―名瀬間に用いられるパラメトリックアンプ付の「1」号受信装置と、同アンプのない「2」号に分けられる。いずれも70MHzの中間周波数を有するシングルスーパーヘテロダイン方式で、ダイバシティのコンパイナにおいてIF帯で位相合成されるように受信機の局発位相が制御される。
 パラメトリックアンプのポンピング周波数は6870〜7120MHz、アイドル周波数6170MHzで、サーキュレータで入出力を分離し利得約15dB、受信総合の雑音指数は4dB程度(BPFの損失を含む)のものが得られた。
 パラメトリックアンプは広帯域なので、マイクロスイーパーにより調整する必要がある。ダイバシティにおけるIF帯での合成はダイオードによる抑圧とマイクロリレーによる切替えの2本立てとなっており、合成特性はレシオスクエラに大体一致した。「1」号受信装置は3架、「2」号は2架より成る。また「2」号は必要なパネルを購入すればダイバシティが可能となるように設計されている。
 送信装置は標準架に収容された出力10Wの励振架と、幅が標準の2倍(1040mm)、奥行が3倍(675mm)の電力増幅架より成り、いずれも冷却用ファンを自蔵している。受信装置は標準架で架上ファンによる煙突式冷却法である。

第9.15図 高出力板極管(ミニチュア管と比較)
第9.15図 高出力板極管(ミニチュア管と比較)
B 電話用送受信装置
 本装置は60chの多重電話(60〜300kHz)と打合せ4回線、および制御回線(12〜30kHz)を検波中継する装置で、テレビ用と同じくパラメトリックアンプ付の「1」号と、なしの「2」号受信機に分けられる。送信電力は大浦−名瀬で運用したOH−21形と同じく100Wであるが、OH−21形はLD−497という比較的小さな出力板極管をパラレルプッシュプルにして50W、その出力をさらに位相合成して最終段8本で100Wを出していたが、本回線からテレビ送信機用のLD−551との中間段階の容量を有する板極管LD−531をプッシュプルで使用し、保守上有利となった。本装置に使用するパラメトリックアンプはアイドル周波数5750MHzで、利得20dB、雑音指数5dB(BPFを含む)を得ている。
 FM帰還位相検波復調機は、OH−21形の真空管方式をトランジスタおよびバリキャップ等の半導体素子を導入することにより、特性の変動のバラツキを改善し、準漏話雑音の軽減を図った。ダイバシティの合成方式はIFコンパイナであるが、本受信装置が第2IFが28MHzのダブルスーパであるため、第2局発の位相制御により28MHz帯で合成される。
   送信装置は幅520mm、奥行450mmの電力増幅架と標準架の励振装置より構成されている。
C 800MHz帯送信分波器と受信分波器
 800MHz帯の送信分波器は出力を最大1kW以上考慮しなければならないこと、および損失を少なくして共振器の温度上昇を少なくすること、および形を小さくすること等の要求から、WRJ−1形導波管を主体として、マジックE部の同軸変換器および半同軸共振器群より構成した。共振器には冷却空気で吹けるような放熱部がついている。したがって送信機との接続は全て39D同軸管で行ない、その接続はアンカーコネクタとフランジによることにしている。
 800MHz帯受信分波器は通過電力が少ないため、構造は共振器以外は全て同軸またはストリップラインによって小形化されている。またセットとの接続および分波器相互間の接続は20D同軸管による。
D 沖縄回線用遠隔監視制御装置
 本装置は奄美大島の油井局を無人化するために作られたもので、親局の名瀬局との間で各種情報の伝達を行なうものである。ディーゼル発電機の起動停止、切替えと運転状況の把握のほか、見透し外区間のため多くの種類の機器が設置されており、制御および監視可能な数が従来のものに比して多く、制御数は16、警報数は66に達したが、局舎の警報まで考慮すると、これでもなお終局段階では余裕が少ないと予想された。


9.3 本土−沖縄マイクロ波回線の開通

 油井−多野間電波伝搬試験は昭和35年に実施され、その結果、見通し外回線作成の見通しがついた。一方、36年3月1日、「沖縄における模範農場に必要な物品および本邦と沖縄間の電気通信に必要な電気通信設備の譲与に関する法律」が制定され、日本政府及び日本電信電話公社は琉球電信電話公社に必要な通信設備を譲与し、マイクロ波回線の建設を行うことになった。
 電気通信設備の建設工事は「沖縄島における電気通信設備の設置の委託に関する契約(昭和36年8月)」により、日本電信電話公社の手で行われることになり、一方局舎・道路・鉄塔・受電設備等は琉球電信電話公社負担で施工されることになった。しかし、この局舎工事などの工事費が当初の予定額(約11万ドル)を大幅に上まわったことと、電信回線が計画に含まれていないことについて、36年9月米国民政府から見解を求められ、一切の作業が中止された。
 翌年2月に至り、琉球側工事負担額は電信投資を含め、20万74ドルを限度とすること、マイクロ波回線開通後これに電信回線を含め、短波回線を廃止することなどを条件として工事の再開が米国民政府から承認された。工事着工は遅れたものの、日本電信電話公社工事要員は37年10月沖縄に到着し、同年11月着工となり、請負工事は順調に進められ、翌年3月完了した。その後、各種試験も進められ、同年10月琉球政府の電波検査により無線局の免許が交付され、11月には最終試験も無事終了した。
 37年9月22日には日本政府及び日琉両公社間に締結された「琉球列島に対する電気通信設備の譲与に関する覚書」に基づいて、38年12月に通信設備の譲与も完了し、本土側はもとより、沖縄側も、即使用出来る状態になった。
 しかし、料金の分収方法などについて、日・琉両公社間で意見の一致を見ず、これが解決するまで業務開始ができなくなった。両公社間で3次にわたる交渉を重ね、政府間でも大きく取上げられた。たまたま、日本で開催されるオリンピック東京大会開始(39年10月)までには間にあわせたいという関係者の努力で、39年8月日・琉両電電公社間に「基本協約ならびに細目」が締結され、ようやく同年9月1日から業務開始となった。
第9.16図 大橋日本電信電話公社総裁が記念通話
第9.16図
大橋日本電信電話公社総裁が記念通話

第9.17図 多野岳山頂に残る記念碑

第9.17図 多野岳山頂に残る記念碑2
第9.17図 多野岳山頂に残る記念碑

 記念式典は9月1日の午前9時から、本土側は郵政省講堂で、郵政大臣・総務長官・日本電信電話公社総裁、沖縄側は、琉球電信電話公社会議室で、琉球政府主席・ 立法院議長、琉球電信電話公社総裁らの関係者が出席し、マイクロ波電話回線を結んで行われた。また、時の池田首相も官邸からテレビを通じて「これでオリンピックも沖縄でみられます。これは本土からのなによりの贈り物だと思います。」とのメッセージを送った。
 これまで、本土〜沖縄間には短波による東京〜那覇間の電信及び電話回線と、福岡〜那覇間の電信回線のみであったが、このマイクロ波回線の開通によって、本土と沖縄を結ぶ電話・電信・専用回線は増加し、回線品質も向上した。特に、一般通話は東京及び福岡市外電話局で取扱うことになり、待ち合せ時間がこれまでの1時間前後から、5分以内に短縮になり、料金も安くなって通話度数は急激に増加した。また、これまでフィルムかビデオテープの空輸に頼っていたテレビジョン番組が、直接中継により、沖縄でも本土と同時に視聴できることになった。
 以上述べたように、マイクロ波回線開通は本土〜沖縄間を短縮し、交流の緊密化、福祉の向上に大きな役割を果すことになった。


本章の参考文献
@ 雑誌施設 昭和36年2月「日本−琉球間マイクロ回線の伝搬試験から」
 西條利彦 臨時極超短波部調査役、大島松太郎 臨時極超短波部
A 同 昭和36年10月、11月
「鹿児島−名瀬間見通し外マイクロ回線の設計と工事概要」
古市米雄  臨時極超短波部調査役、与田憲治 臨時極超短波部調査員
B 同 昭和37年1月 「本土−沖縄を結ぶマイクロ回線の設計概要」
古市米雄 臨時極超短波部調査役、高須勇 技術局調査部門調査員
C 「九州無線史」 昭和59年12月 福岡無線通信部 九州無線史編集委員会編